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2009-02-13

3つの出来事がリンクするとき

090208
2月7日は、国立本店で行われた「第2回 本のしごと・トーク/デザインジャーナリスト山本雅也の仕事・中川憲造」へ。
翌8日は、駒場の天童木工PLYで行われたプロダクトデザイナー 秋田道夫さんの写真展、「空気のてざわり」展オープニングへ。
11日は、大手メーカーでインハウスデザイナーとして活躍する大学の後輩と飲み会へ。
3つのことは別々だったのだけど、根底でリンクしているように思った。


まず、本のしごとトーク。
今回の講師 グラフィックデザイナーの中川憲造さんは、日本タイポグラフィ協会が発行する「Typographics ti:」誌の編集をされている。
山本さんが「FP」誌を辞めてフリーになられた時に出会い、「デザインジャーナリストが日本では少ないからなりたい」という山本さんのことばに共感し、T誌での連載をお願いしたという。
グラフィックデザイナーが編集もつとめるのは難しいのだそう。
それは、「普段自分たちがやりたい仕事ができる機会が少ないから、このような仕事では力が入ってしまうため」と言う。
T誌は200号以上続いているそうだが、それはお話しを伺っていて、お金や印刷技術のような現場のことなどを幅広く知っていて、それをふまえた編集をされているからだと気付かされます。
さらに、幅広いことに興味を持ち、様々な人に出逢い、様々な価値を身につけることも大切にされており、だからこそ、中川さんはトークでも気さくにお話しをされていて、輝いているのだと思いました。
そして、今の日本に欠けているものとして
・インフォメーションデザイナー(ヨーロッパのデザインではこれが中心)
・プロデューサー
・ジャーナリスト(ex.勝見勝さん:プロデューサー&ジャーナリスト)
上記3つの職種をあげました。
特に一番下のデザインジャーナリストは、山本さん亡き今、僕は2人しか知りません。
日本ではジャーナリズムは育たない、そのようなことをどこかで聞いた記憶があります。
あまりにも商業主義になりすぎて、特に現在は、デザインの価値は数字だけに置き換えられているように思います。
そして、機能的であることが重視され、無駄は排除される風潮にあります。
しかしながら、秋田道夫さんがデザインされたPrimarioシリーズの製品は、贅沢なゆとりだと思うのです。
機能的ではないし、重いし、さわったら指紋がつくし、ひとつひとつ削りだしで作っていて、製品と同じだけ削って作っているものもあります。
でも、でもです。
実際その製品を前にすると、その圧倒的な存在感にことばを失います。
重いうえに値段もそれなりなので、買うには決意が必要です。
軽い気持ちでは買えるものではないと思います。
だから価値がある。
だから大切にしたくなる。
そういうものも受け入れられる心のゆとりが必要だと思うのです。
また、ふたつのトークで共通すると思ったことが2つあります。
ひとつは「相手の立場で考えること」。
ふたつめは「技術にはプロであること」。
グラフィックデザインの3要素である色・タイポグラフィ・紙のうち、Macが成熟した現在、デザイナーの力量が一番発揮できるのは紙の質感や、どういったものにするかという技術的な部分。
秋田さんのデザインは、昨年末の萩原修さんとの対談でも聞かれましたが、結果的にはデザインしたものには秋田さんらしさが出ているけれど、かなり相手の立場になってデザインされています。
「相手の立場で考えること」は仕事の基本で、技術面での知識をベースに、生活者の視点を持ったプロの素人であることが、デザイナーに求められるということでしょう。
後輩達と飲んでいて、彼らが「プロダクトデザイナー」ではなく「工業デザイナー」であると気付き、彼らのようなデザイナーがデザインの雑誌の編集をしたらおもしろいのでは、と思いました。
「プロダクトデザイナー」と「工業デザイナー」の違いは、定義も人によって異なるかもしれません。
けれど、「工業デザイナー」と思ったポイントは、社内で設計や営業など、様々な職種の人との調整役をデザイナー職が行っているとこと。
「プロダクトデザイナー」というと、どうしても個人名が出ているデザイナーを想像し、デザインの大正も家電や文具、雑貨類をイメージしがち。
でも、大学では工業デザインを学んでいたのに、いつの間にか「プロダクトデザイナー」の方を先に想起するようになっていることが不思議に思えました。
昨今、デザイナーがデザインについて語ることの必要性が言われています。
メディアについては、デザインについてとりあげる媒体が増えたのは良いけれど、デザインについての知識も乏しく調べていないため、他のメディアが伝えた情報をそのまま伝えている。
だから同じ人がメディアに出る機会が多く、一気に広まるのでは、ということを聞きます。
工業デザインをしている彼らは、技術に対する知識もあるし、メーカー内でのもの作りの背景も知っている。
だから、インタビューしても相手のデザイナーと対等に話しあえれる。
そして、未来に対するビジョンも熱く語れる。
(特に今、バブル入社世代が社内で結構力を持っていて、その世代の仕事の仕方に対して疑問を感じているよう)
中川さんは、メディアでも政治でも何でも、「未来のビジョン」が欠けているのではないかと言います。
引退したスポーツ選手はスポーツ番組のレポーターになっているケースも多いけれど、そのことと似ているかもしれません。
こういう時代だからこそ、デザイナーによるデザインについての情報発信が必要だと強く感じました。
3つの出来事は、頭の中でいろいろな部分でリンクしたり考えたりしたので、このブログの文章もごちゃごちゃなのだけれども、でも繋がったのがとても面白く思いました。
ちなみに、僕自身今後必要だと思っていることは、「デザイン」の本質を、いかに「デザイン」ということばを使わずに普通にできるかです。

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